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   ヒロシマ・モナムール(原題)〜シナリオ・バージョン〜

            作◎浦嶋礼仁

タイトル◎『僕の、ヒロシマ。』

   [あらすじ]
 高校の修学旅行以来、三年振りに広島にやってきた尚哉。ちょうど今年(二○○五年)は、原爆投下から六十年目という節目と、自分が二十歳となった記念に、改めて『ヒロシマ』を見ておきたいと思ったからだった。  友人の宏樹から借りた古い8mmフィルムカメラでヒロシマの風景を撮る尚哉。彼には「もう一度広島へ行きたい理由」があった。 修学旅行の時、バスの中から見た広島は、とても美しく思えた。その訳を確かめたかったのだ。
 原爆ドームや慰霊碑を回った後、相生橋にやって来た尚哉の前に、突然一人の少女が幻のように現れる。
「尚哉さん……あなたを、待っていたの」
 『しずか』と名乗るその少女は、狼狽える尚哉に「三年前、ここで会った」と伝える。だが尚哉にそんな記憶は無い。大体、三年前と云えば彼はまだ高校生。修学旅行でしか広島を訪れていない。彼女を覚えていない。
  それでも彼女は「会っている」と言う。
「覚えてないんじゃない、忘れてるだけ。それでも構わない……今日だけは一緒にいて」
 熱意に絆され、いつしかカメラを回し始める尚哉。
「あたしね……恋をしたことがないの」
「これから、いくらでもできるじゃないか」
 次第に彼女に惹かれていく尚哉。
 だが、翌日――祈念式典の時間の最中に、彼女は尚哉の目の前で消えていってしまう。「シンデレラは、鐘が鳴ると魔法が消えてしまうから……」呆然とする尚哉。
 彷徨ううちにふと入った原爆資料館で、彼はようやく彼女の言っていた『三年前』の秘密を知ることになる……
「そうだ……あの時確かに、僕は彼女に『会って』いたんだ。……しずか……やっと思い出したよ……」
 そして、どうしてこの街が美しいのかを。


  登場人物 
尚哉◎二十歳。大学生。
しずか◎十五歳くらい。
宏樹◎達也の高校時代からの友人。尚哉と同じ大学の映像サークルに所属。

TVリポーター(女性)
TVクルー数人
老女◎六五歳くらい。
テレビ番組ナレーター
老人

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○ 広島・市電『原爆ドーム前』停留所
  八月の強い日差しがアスファルトに反射し、まだ昼前だというのにすでに相当に気温も上がっている。湿度も高い。
  瀬戸内特有の、ねっとりと肌にまとわりつく様な暑さである。
  その湿気の中、新旧織り交ぜた市電の車両が陽炎の中行き交っている。
  広島駅方向からやって来た真新しいボディの市電がゆっくりと停留所に辷り込んでくる。   降車ドアが開き、プラットホームに人々が吐き出される。中には汗を拭いていたり扇子で顔をあおぐ者もいる。   その中、日差しを手で避け乍ら、尚哉がドアから半身を出す。一旦立ち止まると、感慨に更けるかの様に周りの風景を見廻す尚哉。   確かめるかの様に足許を見、ホームを踏みしめる。
  車内からは案内のアナウンスが漏れ聞こえてきている。
尚哉「ふぅ……あっついなぁ。やっぱ東京とはえらい違いだ。……あっっちぃーっ」
  着ていたTシャツをばたばたと引っ張り仰ぐ尚哉。一方の手には古びた8mmフィルム用のカメラが握られている。
  後ろでは先程の市電が、ヴゥオォーンというモーター音を上げてホームから離れてゆく。
  あ、とおもむろに手にしている8mmカメラを構え、出てゆく市電を撮影する尚哉。『ジー』というカメラの作動音。
  [去ってゆく市電をとらえた8mmフィルムの映像がインサートする。]
  (※以下、[ ]内は8mm映像のインサート。特記なき場合カメラ作動音のSEあり)
  撮り終えると、周囲を眺め渡す。原爆ドームが見える。歩き出す尚哉。
  
○ 原爆ドーム
  ジィジィと唸るような蝉時雨。
  ドームの正面まで来て立ち止まる尚哉。
尚哉「三年振りかあ……広島」
  暫し見上げた後、カメラを構える。
  [ゆっくりと上へパンしていく原爆ドーム。そのままフレームアウトし、画面は空と雲をとらえ停止する。]
  画面いっぱいに広がる空。カメラの作動音が消え、空気を切る音、雑踏音などが小さく入る。
  どこか遠くで子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。やがてそれらも消え――

○ タイトル『僕の、ヒロシマ。』
  
○ 原爆ドーム
  向かって左側、川沿いの歩道を歩いていく尚哉。カメラをドーム上方へ向ける。
  [ドーム上部、UPでゆっくりと回り込む]
  立ち止まり、カメラから目を外し己の目で改めてドームを見上げる。
  ドームを見乍らふたたび歩き出す尚哉。
○ 平和公園・全景 観光客等が歩いている
○ 同・広場
  中央、慰霊碑の横を回り込む尚哉。テレビの中継に気付き立ち止まる。

○ 同・広場 慰霊碑前
  巨きなアーチ状のモニュメント。下の石碑に『安らかに眠ってください 過ちは 繰返しませぬから』と刻まれている。   その前で、テレビ局が中継をしている。
リポーター「……はい、平和公園会場です。明日の祈念式典を前に、こちらでは準備が粛々と進められています。 今年は、投下からちょうど六十年という節目にあたり……」
  池の回りをぐるりと歩く尚哉。周囲にある様々な碑を撮影する。
  [幾つかの碑のカット]
  『平和の灯』の後ろへ来る尚哉。ゆらゆらとたち昇る陽炎をはさんで、TVクルーを見つめる。
リポーター「……そんな中、被爆した方々やご遺族の皆さんもご高齢化が目立つようになり、今後、 この広島の悲劇をどのように伝えていくのかが大きな課題ともなってきています……」
    ×   ×   ×
  尚哉、池を回り、慰霊碑の前へ。
  カメラクルー達の奥、アーチに切り取られた点景。『平和の灯』と、その向こうでゆらめく原爆ドーム。
  それを見ている尚哉。カメラを構える。
  [陽炎にゆらめくドーム。だんだんとズームUP]
  ごうごうと炎の音。
  尚哉の頭の中で、東京での宏樹とのやりとりが思い出される。
宏樹VO「……広島ァ!?」

○ 東京 某大学・映像研究会部室(夕方)
  サークル入口のドアの看板。『映画研究会』の『映画』の部分に大きな×印。その上部に『映像』と加筆されている。
  部屋の中で尚哉と宏樹が話をしている。
尚哉「ああ。(手に持ったビデオカメラを玩び乍ら)8月6日の祈念式典に合わせて、な」
  徐にVCを宏樹に向け撮る真似をする。
宏樹「なンで? ……尚哉ァ、なンでヒロシマ? なンで8月6日?? 広島なんて高校ン時行ったじゃん、修学旅行で」
尚哉「だからだよ。ホラ、今年は六十年目だろ、原爆投下から。それに……今年は俺も宏樹もちょうど二十歳だろ?  節目と節目で、その記念に……もう一遍、行ってみたいんだ」
宏樹「けどよォ……(チラ、と尚哉の掌中のカメラを見て)お前のそれ、無いと困るんだケドなァ……」
  壁に貼ってあるポスター。『○○映像祭 〆切・9月末日』の文字。 
宏樹「ほら、ウチの部のカメラ、一台しか無いじゃん。それにスケジュールだって、けっこうギリだし……お前だって判ってんだろ?」
尚哉「(暫し考えた後)ならサ宏樹、このカメラ置いてくから、アレ貸してくれよ」
宏樹「え? アレ?」

○ 古い8mmフィルムカメラのUP
尚哉VO「ホラ、おまえの叔父さんの……」
○ 大学・映画研 部室(夕)
尚哉「前に持ってきたじゃん、ちょうどあの修学旅行ン時……」
宏樹「ああ、8mmか。フィルムの」

○ 修学旅行風景
  [宮島や広島城などの映像。学生服を来て、楽しそうな宏樹や尚哉がお互いにふざけて撮り合っているようなスナップ]
  映像はサイレント。
宏樹VO「あンなモン、骨董品だぜ? 使えないって、あんなガラクタ」
尚哉VO「ガラクタでもなんでも……いいじゃないか、アレ。なんか味があってサ。俺はけっこう好きだよ、あのカメラ。いいだろ? な?」

○ 広島 平和公園・広場
  祈念式典の為の舞台が作られ、パイプ椅子が並べられている。ステージの上には『第六十回 平和祈念式典』という垂れ幕が掲げられている。
  その椅子の間をゆっくりと進んでいく尚哉。確認するように、掌中の8mmカメラを撫でさする。
宏樹VO「……いいけどォ……」

○ 同・園内 
  様々な碑が並ぶ。時折、尚哉がカメラで撮影している。 
  [『平和の鐘』等の幾つかの碑]
  カメラから目を外し、見上げる尚哉。
宏樹VO「でも、どうしてわざわざ祈念式典なんか……」

○ 大学・映像研 部室(夕)
  話をしている尚哉と宏樹。部室の窓から差し込んできた夕陽が二人の顔を照らしている。
宏樹「そりゃ、俺らは今年二十歳で、『ヒロシマ』は六十年目って……確かに節目っちゃあ節目なんだろうケド……でも、カンケー無いじゃん、俺達には」
  尚哉、宏樹の質問には答えず、黙って微笑んでいる。顔を上げ、窓外を眺めて、
尚哉「……きれいだな」
宏樹「え? (云われて窓外を見る)」
  沈みつつある鮮やかな夕陽。
  尚哉、掌のビデオカメラをその夕陽に構える。VCのモニターに映るオレンジ色の太陽。その前を流れていく雲。
  ビデオカメラが次第に古い8mmカメラと重なっていき、広島の尚哉の画へと変わってゆく。

○ 広島 原爆ドーム
  カメラを下ろし見上げる尚哉。佇むドームの背で、雲がゆっくりと流れてゆく。
○ 同 平和公園・遊歩道
  時折カメラを構え乍ら、園内を散策する尚哉。吹き出る汗を拭い、
尚哉「あっっつう……」

○ 相生橋
  橋上にやって来る尚哉。欄干によりかかり、ペットボトルの水を飲んで、
尚哉「(ひと息ついて)前来た時は、秋だったからなぁ……」
  市電の鳴らす警笛に気付き振り向く。停留所に『被爆電車』、旧型の車両が今まさに辷り込もうとしている。
  カメラを構える尚哉。
  [ホームに停車する市電。やがて発車する姿をカメラは追いかける]
  尚哉、一瞬「?」という表情を浮かべ、ファインダーから目を外す。
  [(先程よりUPで)市電が通過してゆくと、通りの向こう側に(通過前にはいなかった筈の)こちらを向いて微笑んでいる、空色のワンピースと麦藁帽子姿の少女が佇んでいる]
  橋上で見つめあう尚哉と少女の二人。
  少女に思わず見惚れる尚哉、無意識にカメラを廻し始める。
  [少女のUP。尚哉に対しほほ笑み、歩み寄って来る少女]
  その少女の行動にカメラを止め呆然とする尚哉。
  尚哉の前で立ち止まり、慈しむかのようにじっと彼を見つめる少女。その態度に「え?」と戸惑う尚哉。
少女「やっぱり……来てくれたのね。……尚哉さん……」
尚哉「?!」
  突然自分の名を言われ驚く尚哉。
少女「待っていたの……ずっと……」
  感極まり、尚哉にしがみ付く少女。
尚哉「え!? ち・ちょっと!!……」
  何がなんだか解らず、狼狽える尚哉。
   ×   ×   ×
  交錯し走る市電。
  欄干にもたれ乍ら話す二人。
尚哉「……だからぁ、さっきから云ってる様に、俺……ボクはキミに会ったコトは無いし……誰かと間違えてるンじゃないのか?」
少女「(首を振り)いいえ……会ってるわ。三年前。此処で」
尚哉「三年前??」
少女「覚えてないの? 尚哉さんは」
尚哉「……尚哉だケドさ、確かにオレは。でも、そんな……大体、キミの名前だって、俺知らないし……」
少女「……『しずか』よ」
尚哉「え?」
少女「忘れたの? シ・ズ・カ。あたしの名前」
尚哉「……『しずか』?……」
  一瞬、どこか記憶の片隅でその名がひっかかる。だが、思い出せない尚哉。
  しずかが突然尚哉の前に手を差し出す。「?」と驚く尚哉。
しずか「一緒に歩きましょ。……ね?」
  狼狽える尚哉の腕を取り、引っ張るしずか。
尚哉「え? ち・ちょっと!? 引っ張るなよっっ……」
しずか「うふふふ……」
  戸惑い乍らも、少し心ときめく尚哉。

○ 平和公園・遊歩道
  木漏れ日の中、しずかに手を引かれ歩く尚哉。やがて掴んでいた手を放し、軽やかに先に歩き出すしずか。満ち足りた笑顔で時折振り返る。   その表情を見て、なかなか云い出せないでいる尚哉。
尚哉「あ、あの、さ……」
しずか「……え?」
尚哉「いや……なんでも……ない」

○ 同・広場 式典会場
  広場の中央にやってくる二人。パイプ椅子が整然と並ぶ。それをぐるりと見渡すしずか。後ろから見ている尚哉。
尚哉「なあ……人違いじゃないかな。……だって、確かに俺、三年前にこの広島に来てるケド……あの時は修学旅行だったし…… だからキミに会う、なんてコトは さ……」
しずか「(ゆっくりと振り向き、微笑んで)会ってるわ。たしかに」
尚哉「けど……」
  歩きだすしずか。尚哉もついていく。

○ 同・園内 噴水『祈りの泉』
  やって来る二人。手を水面に入れ嬉しそうにはしゃぐしずか。それに対し、浮かない表情の尚哉。意を決した様に、
尚哉「なあ……やっぱり俺、キミのことは知らないよ」
  手を止め、尚哉を見るしずか。
尚哉「……覚えてないんだ」
  しずか、作業を再開するかの様にまた手を動かす。波紋を見つめる二人。

○ 園内・ある橋の上
  歩いてくる二人、中程で立ち止まり、
しずか「覚えてないんじゃないわ。忘れてるだけ」
  しずか、魚が泳ぐ川面を見つめる。
しずか「……三年前、あの時貴方は学生服を着てて……お友達と一緒で…」
尚哉「そんな……だって、俺そんなのぜんぜん(首を振り、残念そうに)……覚えてないよ」
  しずか、くるり、と尚哉に振り向き、 
しずか「(笑顔で)思い出すわ。きっと」
  しずかの向こうに原爆ドームが見える。
○ 同・川沿いの遊歩道
  川を挟んで向かい側には原爆ドームが臨める、少し開けた場所。数羽の鳩が羽を休め、降り立っている。
  二人が歩いてくる。しずか立ち止まり、
しずか「あたし……貴方を待ってたのよ。……ずっと、ずっと、待っていたの」
  尚哉が何かを云いかけるが、すぐにしずかが言葉を続け、  
しずか「たとえ、貴方があたしを覚えていてくれなくても……」
  空を仰ぎ、一旦目を閉じるしずか。再び目を開け、意を決した様に、
しずか「それでもいい…せめて今日、一日だけは、あたしと一緒にいて……(振り向いて)ね? お願い……尚哉さん……」
  満面の笑顔のしずか。だが瞳は潤んでいるように見える。尚哉、そのしずかの『想い』を感じ取ったかの様に、
尚哉「……しずか……」  
  尚哉、カメラを持つ手に力を込める。
  突然、鳩たちが一斉に飛び立つ。その中に立つしずかと尚哉。
  尚哉へ手を差し伸べるしずか。尚哉、それに応え、その手を掴み返す。

○ 同・園内
  しずかを撮影する尚哉。
  [しずかの様々なショットが断続的に挿入される]
  まるで恋人同志の様に、はしゃぎ戯れる二人。その画に被さって、
尚哉(N)「いつだっけ?……俺とキミが初めて会ったのは」
しずか(N)「三年前。この広島で」
尚哉(N)「その時、俺、何してたのかな」
しずか(N)「あたしを見てたわ」
  尚哉驚いて、構えたカメラを下ろし、
尚哉「……君を?」
しずか「そう。あたしを」
尚哉「(考えて)……何処で?」
しずか「ここで」
  尚哉を煙に巻くかの様に微笑み、空を見上げ乍らその場をくるくると回り出す。
尚哉「……ここ?」
  思わず周囲を見回す尚哉。原爆ドームや慰霊碑、原爆資料館などが視界に入る。
  しずか、ぱっと駆け出し、尚哉から少し距離を置いた所で振り返り、
しずか「(息を弾ませ)思い出した?」
尚哉「いや……ごめん」
  しずか、落胆する様子も無く、
しずか「ううん、いいの。こうして一緒にいられるだけで……今は、いいから……」
  またカメラを構える尚哉。
  [笑うしずか]
しずか「[8mmの映像の中で]ねえ。あたし、街が観たいな」

○ 走っている市電

○ 市内の停留所
  市電から尚哉としずか降りてくる。

○ 広島・市内
  街を歩くしずかと尚哉の二人。
  物珍しそうにキョロキョロと見回しているしずか。そんな彼女を時たま8mmで撮影する尚哉。
  [カメラに向かって笑ったり戯けたりるしずか]
    ×   ×   ×
  繁華街。沢山の人々が行き交っている。その人波の中を往く尚哉としずか。
  宣伝の呼び込みや街角の巨大モニターなど、賑やかな街の風景が流れていく。
  街を往く人々も皆、幸せそうである。
  その風景に見惚れるしずか、物珍しいかの様にキョロキョロと眺め乍ら、
しずか「すごぉい……すごいね、尚哉さん」尚哉「何が?」  
しずか「みんな幸せそうで、いいなァって思ったの。……平和そうで、いいなって」
尚哉「平和って……(苦笑して)そんな、大げさな……別に、ふつうじゃないか」
  しずか、何か悟った様子で、
しずか「そっか……ふつう……なん、だ」
  しずかの云わんとする所がよく把握出来ない尚哉。
    ×   ×   ×
  しずかが街角にあった3分証明写真の機械を見付ける。
しずか「ね、ね、尚哉さん。アレなあに?」
尚哉「ああ……3分写真じゃないか」
しずか「3分……写真? ふーん……」
  しずか、じっと機械の説明書きを読む。
尚哉「……知らないのか?」
しずか「撮れるの? これ」
尚哉「そりゃ、撮れるケド……」
しずか「……撮ろ! 一緒に。ね?」
  云うが早いか、ささっとブースの中に入るしずか。尚哉をブースに引き入れ、
尚哉「お、おい……」
しずか「(キョロキョロと眺め乍ら)ね、どうするの?」
尚哉「……このイスに座って……それから、ここにお金を入れてェ……」
  指し示し乍ら半信半疑で説明する尚哉。狭いブース内で密着する程に座る二人。尚哉は照れているが、しずかは全く平然としている。
  ポーズをとりツーショット写真を撮る。ストロボのフラッシュが光る。
しずか(N)「ねえ……あたし達って、恋人同志に見えるかな?」
  ポーズを変える。フラッシュ。
尚哉(N)「えぇ?……さあ……」
  また別のポーズで。フラッシュ。
しずか(N)「ふつうの恋人たちって……どんな事するのかな……」
  同、フラッシュ。

尚哉(N)「普通って……さあ……」
      ×   ×   ×
  機械の外に出て、プリントが終わるのを待つ二人。しずか待ち兼ねて、
しずか「ね、あとどのくらい?」
尚哉「さあ……自分の時計見ればいいじゃないか」
  しずかのしている腕時計を指す尚哉。
しずか「(腕を上げ、時計を見せ乍ら)止まっちゃってるの、これ」
尚哉「えぇ?(しずかの腕を掴み、時計を耳に当て)……ほんとだ。でも、えっらい古くさい時計だな」

○ しずかの腕時計 UP
  レトロな女性用。針は『8時16分』を指して止まっている。

○ 3分写真機・外
  外側のプリント取出し口から、出来上がった写真が出てくる。いかにも『仲の良さそうな、恋人同志』といった写真。

○ 市内 別の場所
  街の中を歩く尚哉としずか。
  先程撮った写真を眺めるしずか。愛おしむように撫でた後、尚哉の手に渡し、
しずか「これ……尚哉さんが持ってて」
尚哉「要らないのか? 折角撮ったのに」
しずか「そうじゃないわ。(尚哉に写真を握らせて)これは、尚哉さんとあたしの『想い出』。 尚哉さんがもう、あたしの事を忘れないように……ね?」
  尚哉「?」と思い乍ら、写真を受け取りカバンの中にしまう。

○ 同・市内 更に別の場所
  談笑し乍ら歩いている尚哉としずか。
  突然、老女が二人の間に割り込み、しずかを驚いた様な表情で凝視め腕を掴む。が、すぐに我に返り落ち着いて、
老女「ああ……ごめんなさい。あんまり似てたもんだから。ごめんなさいね、ほんとに……」
  老女に会釈をし、その場を去る二人。
尚哉「誰? 知り合い?」
  ふるふると首を振るしずか。二人が振り返ると老女がこちらを見返している。
    ×   ×   ×
  遠ざかるしずかをじっと眺める老女。
老女「(ため息をついて)そんなわけ、無いのにねぇ……だって、しずかちゃんは、あの日に……もう、なん十年も昔のことなのに……」
  去ってゆくしずかと尚哉の後ろ姿が人混みの中へと消えていく。  

○ 市電・車内
  停留所から発車する市電。
  窓を流れる街の風景。赤十字原爆病院が見える。それを眺めているしずか。つられて窓外を眺める尚哉。ふと、昔の記憶を思い出す。

○ 観光バス・車内(三年前・回想)
  (画面はまるで8mmフィルムの映像のようにザラついている。※以下、回想シーンは同じ加工画面で)
  市街から原爆病院、広島城、平和公園へと縫って走る修学旅行の観光バス。
  バスの中から外の景色を見ている尚哉。傍には8mmカメラを持つ宏樹の姿。
尚哉「きれいだなぁ……」
宏樹「え?」
尚哉「いや、キレイだよな、この街…東京みたいにゴミゴミしてないしさ」
宏樹「そうかぁ? たいして変わんないと思うけどな」
  宏樹からカメラを奪い、撮影する尚哉。戯れあう二人。

○ 市電・車内
  ぼんやりと掌のカメラを見ている尚哉。しずか「尚哉さん! ……どうしたの?」
尚哉「(気付いて)いや……。三年前、修学旅行で初めてこの広島に来た時……『きれいな街だな』って、思ったんだ」
しずか「きれいな……街?」
尚哉「ああ……どうしてそう思ったのか……もう一度この街へ来て、それを確かめたかったんだ」
しずか「それが……広島に来た理由?……」
  尚哉、聞こえなかったのか、しずかの言葉には答えず外を眺めている。己の疑問に耽っているように。
  憂えた表情で尚哉を見つめるしずか。

○ 川の水面に映り込む原爆ドーム
  パンUPしてドームの実景へ。  
  電車の停車音が聞こえる。

○ 市電『原爆ドーム前』停留所
  プラットホームに立ち、発車する電車を見送る尚哉としずか。公園へ戻って来た二人、ホームを降り歩き出す。

○ 平和公園 『原爆の子の像』
  像の下には数え切れぬ程の折り鶴の山。  モニュメントをゆっくりと回る二人。
尚哉「……きれいだよなぁ……」
  しずか、尚哉のその一人言に反応し、
しずか「尚哉さんは……本当にそう思う?」
  尚哉、「え?」としずかを見遣る。黙って像を見ているしずか。上を向く。像の隙間から陽光が目に飛び込んでくる。
  何も言わず、手前の『平和の灯』の池のほうへ歩くしずか。その後を追う尚哉。
尚哉「お、おい……」

○ 同 『平和の灯』・池
  池の横を歩くしずか。炎を見つめて、
しずか「……この灯はね、六十年前から、ずっと燃え続けているんだって。……六十年前の、あの日から……」
尚哉「?」
しずか「この場所には昔、町があって……人がいっぱい住んでいたの。大人も、子供達も。それが全部消えてしまって……」
  しずか、彼方の原爆ドームを見遣る。
 しずか「……残っているのは、あの『産業奨励館』だけ……」
尚哉「(ドームを仰ぎ)産業……奨励館?」
  悲しそうに尚哉に笑いかけるしずか。
  どこかから、微かに遠雷が聞こえる。

○ 公園内・式典会場
  パイプ椅子の間を歩く二人。しずか、歩みを止め、舞台を眺める。『〜平和祈念式典』の文字。
  遠雷が聞こえる。彼方の空に暗雲が発達しつつある。
尚哉「しずか……キミは、この……広島の人なのかい?」
しずか「ええ……生まれも、育ちも(悲しそうな表情で)……ずっと、広島……」
尚哉「でも……詳しいんだな。学校で教わるのかい? 広島の人は、みんなそんな歴史を……」
しずか「(口許だけで微笑んで)ちがうわ。……知ってるの」
尚哉「……どういう事だい? なあ――」
  雷音が聞こえ、突然、激しく雨が降りだす。周囲にいた人々が慌てて駆け出す。呆然と天を仰ぐ二人。
  互いを見つめ、笑い合う。
二人「あ……フフフ……ハハハハッ……」
  その笑い声もかき消えそうになる程のザァザァと激しい雨音。

○ 同・原爆資料館 一階吹き抜け
  雨を避けようと駆け込んでくる二人。しずかも尚哉もびしょ濡れである。顔を見合わせてはにかむ。
尚哉「こりゃしばらく動けないな。どっかで雨宿りしないと……」
  尚哉、ふと上の資料館に気付く。
尚哉「そうだ、いっそ、この上で時間……」
  云いかけた所でしずかが言葉を遮り、
しずか「ううん……。ここで、いいの……」
尚哉「え? けど……」
しずか「いいの……魔法が、解けてしまうから……」
尚哉「……何だい、それ?」
しずか「(誤魔化すように)シンデレラの魔法よ……」
尚哉「シンデレラ?」
しずか「そう……カボチャの馬車に乗って、ガラスの靴を履いて。フフッ。 (はめている腕時計を示して)あたしね、この腕時計みたいに、魔法で時間を止めてもらったの。 でも……(上を見上げ)ここではね、魔法の効き目が切れて、馬車がただのカボチャになって……この服も、ボロ布に変わってしまうから……」
尚哉「……なに、訳分かんない事云ってんだよ……」
しずか「お伽話よ。ぜんぶ。……ただの、お伽話……」
  しとしとと降りつづく雨。
尚哉「でも……風邪ひいちゃうぜ、いくら夏だからって。さ、入ろ」
  しずかの手を引いて、入口の階段を昇ろうとする尚哉。  

○ 尚哉の掌からするすると抜けてゆくしずかの手 

○ 資料館 一階吹き抜け
  あ、と振り向く尚哉。
  今までいた筈のしずかが消えている。
尚哉「……しずか?」
  階段を降りて探す尚哉。表に出て空を見上げると、雨が上がり雲の切れ間から陽光が差し込んでくる。陽は西に傾き始めている。
 
○ ライトアップされる夕闇の原爆ドーム

○ 川沿いの遊歩道(夜)
  立て看板に『灯篭流し 8月6日 ○時〜』等の説明書きが見える。
  その後ろを市電が通り過ぎてゆく。

○ ある橋の上(夜)
  途方に暮れ、欄干に凭れる尚哉。
  昼間しずかと一緒に撮った3分写真を手に持ち、眺める。尚哉、溜息をつき、4コマに分割されたプリントを、コマに沿ってゆっくりと4枚にちぎっていく。その4枚をトランプの様に広げ見つめる。さやさやと流れる川面に、街のネオンが映り込んでいる。   ちぎり分けたプリントの一葉が尚哉の手を離れ、ひらひらと落ちてゆく。川面に浮かび流れていく写真。やがて闇に紛れ、見えなくなっていく。
    ×   ×   ×
  欄干に凭れ溜息をつく尚哉。――と、
しずかの声「尚哉さん!!」
  尚哉、驚いて声のほうを向くと、しずかが手を後ろに回して立っている。
しずか「駄目じゃない。せっかくの想い出なのに」
  後ろに隠していた手を見せると、先程尚哉が捨てた写真を持っている。
尚哉「しずか!? あ、それ――」
しずか「はいっ。(写真を尚哉に渡し)この川に流していいのは、亡くなった人を偲ぶための灯篭だけよ」
  写真を尚哉の手に握らせる。写真は何故か乾いている。
しずか「これは……ふたりの想い出」
  掌中の写真を眺める尚哉。
尚哉「これ、さっき川に……どうやって?」しずか「(にっこりとして)あたしには、魔法が使えるの。フフッ」
尚哉「ええ?」
しずか「ほら……こうしてね(人差し指を立てた腕を大きく回して)……ね? もうあたしの姿は見えないでしょ?」
  煙に巻くように戯けるしずか。
尚哉「……な、ナニ云ってんだヨ!?」
しずか「ウフフフッ(走り出す)」 
尚哉「お、おいっ……」
  しずか、また数歩後退って、
しずか「(叫ぶ)つかまえて、あたしを」
  また駆け出すしずか。
しずか「でないと、また消えちゃうわよっ」尚哉「おいっ! ちょっと待てよ!……」
   しずかを追う尚哉。

○ 原爆ドーム・正面(夜)
  ライトアップされたドームの前を駆け抜けていく二人。しずか、時折停まって、尚哉を煽りたてる。戯れ合う二人。
  遂にしずかを捉まえる尚哉。

○ しずかの腕を握る尚哉の手 UP
 
○ 原爆ドーム・正面(夜)
  しずかをしっかと抱き留める尚哉。
  息を弾ませる二人、顔を見合わせる。
  一瞬、真剣な面持ちに変わる二人。
尚哉「……どこ行ってたんだヨ……突然いなくなったりして。……もう、あんなのはナシだよ……な?」
  思わずしずかを抱き寄せる尚哉。一瞬驚くものの、やがて応える様に己の腕を尚哉の背中へと廻すしずか。
しずか「ごめんなさい。尚哉……さん。(言い直して)……尚、哉……」 
  風が木樹を揺らしている。
  見つめ合い、キスをする尚哉としずか。初々しい、軟らかなくちづけ。
しずか「尚哉……」
尚哉「ごめん……やっぱり、俺……君を、思い出せないや……」
しずか「ううん、いいの。今は、こうして一緒にいられるだけで……(行末を知っているかの様に)思い出すわ。きっと」
尚哉「……魔法が使えるから?」
しずか「(苦笑して)そう。だから、必ず、ね(曇った顔で尚哉を見て、腕を振り解く)でも……」
尚哉「また、どっか行っちゃうつもりか?」
しずか「ごめんなさい……(努めて明るく)シンデレラはね、時間までに戻らないと……魔法が解けちゃうの……」
尚哉「まだ時間があるじゃないか……シンデレラの門限は、午前零時だろ?」
しずか「(なだめる様に)麗若き乙女に、朝帰りさせるつもり?」
尚哉「『麗若き乙女』って……いつの時代の言葉だよ……」
しずか「明日……。明日、必ずまた逢えるから……(ゆっくり後退る)」
尚哉「……そんな、しず……」
  一陣の風が吹いて、一瞬、視界を奪われる尚哉。再び目を開けた時、そこに佇んでいた筈のしずかの姿が消えている。 
  尚哉「……しずか?……」
  一人とり残される尚哉。辺りを見廻すが、漆黒の闇だけが広がっている。
    
○ 原爆ドーム 空が徐々に白み始めてゆく
○ 走ってくる市電(朝)
  停留所に着き、人々が降り立つ。

○ 平和公園 蝉の声が響いている(朝)
 
○ 原爆ドーム・前(朝)
  碑の前に多くの花束。合掌する人々。

○ テレビのモニター
  ニュース番組。広島・平和公園の映像。
番組N「……平和式典は午前八時より……」

○ 平和公園・祈念式典会場
  徐々に参列者が集まり、パイプ椅子に座り始める。場内はエリア毎に『遺族席』『一般席』等立て札が掲げられている。   その中を、キョロキョロとし乍ら歩く尚哉。椅子に腰を落とし溜息。汗を拭う。

○ 公園・内
  『原爆の子の像』や『平和の鐘』等に、多くの人々が祈りを捧げている。
  彷徨い歩く尚哉。
尚哉「逢うったって……約束だって何にもしてないのに……」
  人々が通り過ぎてゆく。

○ 原爆ドーム 雲が後ろを流れてゆく

○ 相生橋
  式典に参列する人々が列になって連なっている。その流れとは別方向に橋の上を歩く尚哉。   橋の中程まで来て欄干に手を着く。途方に暮れ、天を仰ぐ。昨日の写  真を取り出し眺め、欄干に凭れる。
    ×   ×   ×
  背中で、警笛を鳴らして『被爆電車』が通り過ぎていく。その音に何気なく振り向く尚哉。視界に入ってきたモノに、ふと注意を向ける。
  ――と、昨日と同じ様に、電車の過ぎた場所にしずかが立っている。驚く尚哉。
  しずか「……約束したでしょ? 必ずまた、逢えるって……それに……」
尚哉「それに……何だい?」
しずか「ううん、何でもない。(近付いて、尚哉の手を取り)……ね、尚哉……撮って、あたしを。……忘れないように。……ね?」
尚哉「……え?」
  数歩後退って、麦藁帽子を被り直し、ポーズをとるしずか。
  カメラを取り出し構える尚哉。
  [帽子を被り直し戯けるしずか]

○ 公園・内
  ドームや『原爆の子の像』等を背景にして、しずかの姿を撮影する尚哉。
  [しずかの幾つかのカット断続的に]
尚哉「……そうだ、今度は君が東京に来ればいいよ。そしたら俺、案内するからサ」
しずか「……駄目……あたし、この街からは……出られないの……」
尚哉「え? どうしてだい。……またからかってるのか?」
  しずか、ただ微笑んでいる。
    ×   ×   ×
  しあわせそうな二人。
  [同]画に被さって、
尚哉(N)「なあ……教えといてくれよ、また君が消えた時のために。……君に逢いたいと思ったら、どうすればいいんだ?  ……君だって家くらいあるんだろ?」
しずか(N)「内緒。……だってシンデレラはね、王子様に自分のみすぼらしい家を知られたくはなかったの。 でも、自分のことを探して欲しかったから……だから、ガラスの靴を落としていったの……」

○ 慰霊碑 点景

○ 公園・内 
  時折撮影し乍ら歩く二人。
  [同]を挟み乍ら、
しずか「もし、あたしがまたいなくなっても……探してくれる? あの、お伽話の王子様みたいに」
尚哉「ああ……この、広島じゅう……君を、探し回るよ」
しずか「きっと、よ。……きっと……」
  [しずかUP]
しずか「[画の中で]見つけてね。必ず」
 
○ 相生橋・橋上
  橋柱に『あいおいばし』の表札。その後ろで電車が通り過ぎていく。
  しずかが尚哉の手を引き歩いてくる。しずか、服を尚哉に見せる様にその場でくるりと一回転し、
しずか(「(服をなびかせ)この夏服ね……母が仕立ててくれたの」
尚哉「……似合ってるよ、とっても」
しずか「あたし、とっても嬉しくて……作ってもらったその日は、朝からこれを着たまま外に出て……(ふっ、と曇った表情に変わり) ……ちょうど、こんな……暑い日だった……」
  パァン、と市電の警笛が鳴る。

○ 式典会場(午前八時)
アナウンス「これより、平成十七年度、第六十回平和祈念式典を……」

○ 相生橋
  プォン、という音と共に後ろで市電が通り過ぎていく。
しずか「この橋の上で……そう、丁度この場所で……こうして、立っていて……」
  足を揃え、その場で背伸びをする様に爪先立ちになり、顔を上方へと向けるしずか。何かを仰ぎ見るように。
  やがてそのままゆっくりと瞳を閉じる。再び瞳を開け、遠くを見つめ、
しずか「あの日も……こんな風に、空を見ていたわ……」
  悲しく、諦念した様なしずかの顔。
  尚哉のほうに体を向け、
しずか「尚哉、あたし……あたし、ね……」
尚哉「え?」
しずか「あたしね……恋をした事が無いの。だから……あたし、恋がしたかった。一度でいいから……誰かを好きに、なりたかった……」
尚哉「そんな……恋なんて、これからいくらだって出来るじゃないか……」
しずか「……(俯き、瞳を潤ませる)駄目よ……だって……あたし……」
尚哉「……どうしたんだよ……」
しずか「……もう、尚哉と逢えないの……」
○ 式典会場 粛々と式が進んでいく

○ 相生橋
  向かい合う二人。
しずか「魔法が解けるわ……もうすぐ」

○ 原爆ドーム 点景

○ 相生橋
尚哉「な……何、冗談言ってんだよ……魔法なんて……そんなんで、はぐらかすなよ……だって、昨日逢ったばかりじゃないか。 ……今日だって、やっと……」
しずか「ちゃんと、お別れを言っておきたかったの……シンデレラはね、鐘が鳴ると、魔法が解けてしまうの…… (尚哉に腕時計をかざし)鐘が鳴ると、この時計がもう一度動き出して……魔法がもう、消えてしまうから……」
尚哉「……シンデレラの鐘が鳴るのは、午前零時の筈だろ?……そんなの……また、明日になれば逢えるんだろ?」
しずか「(ただ黙って微笑み)ね、尚哉……撮って。あたしを。ね? お願い……」
  促され、8mmカメラを構える尚哉。
  [無理に微笑むしずか。だが瞳は潤んでいる]
しずか「尚哉……あたしの事、忘れないで……約束よ。もう、決して、決して、忘れないでね……」

○ 式典会場 午前八時十五分
アナウンス「……これより、一分間の黙祷を捧げます。……黙祷――」
  鐘が鳴らされ、黙祷を捧げる参列者達。
○ 相生橋
  公園のほうから鐘の音が聞こえてくる。はっ、としてカメラを止める尚哉。公園の方を見遣るしずか。
しずか「鐘……(尚哉を見て)魔法の解ける合図よ……」
尚哉「……しずか!……」
しずか「撮って、尚哉……撮り続けて……」
  ふたたびカメラを回し始める尚哉。
  [必死に泣くのを堪え、笑うしずか]

○ 公園の各所へ聞こえ渉る鐘の音

○ 相生橋
  撮り続ける尚哉。
  しずかの周りに、光が集まってくる。
尚哉「……しずか?」

○ 原爆ドーム前の遊歩道
  鐘の音が聞こえる。路上に多くの人々が横臥わっている。『ダイ・イン』。

○ 相生橋
  次第にしずかを包む光が強まってくる。
  しずか「……尚哉、あなたを待ってて良かった……あたし……あなたに会えて――」
  眩い光に包まれるしずか。
  [光の中次第に薄れてゆくしずかの姿]
尚哉「……しずか!!」
  微笑んで何かを伝えようとするしずか。だが声はもう聞こえてこない。
  ゆっくりと動かす口は『あ・り・が・と・う』と言っている。
  空を見上げている様な仕草をするしずか。風に髪がなびき、被っている麦藁帽子が飛ばされる。

○ 式典会場
  鐘が鳴らされるのが終了し、一斉に鳩が飛び立つ。幾羽もの鳩が暫く上空を旋回した後、彼方へと飛び去ってゆく。

○ 相生橋
  呆然と立ち竦む尚哉。麦藁帽子が尚哉の足許に落ちてくる。尚哉、帽子に気付き、拾いあげる。
  最後の鐘の音の余韻が止む。静寂。
尚哉「……しずか……」
  式典会場から飛んできた鳩が一羽、上空を旋回してゆく。それを目で追う尚哉。
尚哉「……冗談、だろ? 『魔法』なんて、そんな……信じられるかよ……」
  麦藁帽子を握りしめる尚哉。

○ 原爆ドーム
  正面の石碑には沢山の花束や千羽鶴が捧げられている。線香の煙が漂う。

○ 公園(午後)
  式典も終わり、慰霊碑に祈りを捧げる人人。他の祈念碑にも人が集まっている。

○ 同・園内 
  麦藁帽子を手に提げ乍ら、人混みの中を  疲れた表情で歩く尚哉。ふと目をやると、その先に原爆資料館が見える。   暫し後、手に持った麦藁帽子に目を落とす。
しずかVO「シンデレラはね、王子様に自分のみすぼらしい家を知られたくはなかったの。 でも、自分のことを探して欲しかったから……だから、ガラスの靴を落としていったの……」
尚哉「シンデレラの……家?」

○ 原爆資料館・一階吹き抜け
  階段を見上げた後、昇ってゆく尚哉。

○ 同・内
  見学客で混み合う館内。人の流れの中に尚哉がいる。様々な資料・展示パネル、それらを順々に見ていく尚哉。
  順路に沿っていくと、被爆した日用品等の実物が展示してある部屋に入る。
  部屋の中程にガラスケースがあり、その中にも何かが展示されている。
  そのケースに気付き近付いていく尚哉。近付くにつれ、何かが記憶の片隅からぼんやりと浮かんでくる気がしてくる。
  やがてケースの中にある物が、ボロボロになった服であることが判る。
  女性用の、ワンピースである。
  脇の説明札には『熱線で焼け焦げた夏服 爆心地から×m』とある。
  まるでボロ雑巾の様になってはいるが、襟首の所に、鉛筆か何かで書いた様な文字が見受けられる。覗き込む尚哉。
  はっ、と気付き、眼を見開く。
  擦れているが、それははっきりと、左から読めば『カヅシ』と書かれている。

○ 同・館内(三年前・回想)
  展示物を見回る学生服の生徒たち。
  その中に尚哉と宏樹。
  尚哉がふと見たガラスケースの中に、『熱線で焼け焦げた夏服』がある。
  覗き込む尚哉。宏樹が尚哉に気付き、近寄って一緒にケースを覗く。
宏樹「おっ。すっげー、黒焦げじゃん」 
   襟首の部分に『カヅシ』という文字が見える。
尚哉「か・ず・し……?」
宏樹「バァカ、昔のだから、右から読むんだよ、これ。女もんだから、『カヅシ』な訳無いだろ?」  
尚哉「そっか……そうだよな」
宏樹「これ着てたヤツ、きっと即死だっただろーな。いや……自分が死んだ、てコトも、きっと判んなかったかもなぁ」
尚哉「(じっと服を見て)『しずか』、か……どんなひとだったのかな……」

○ 同・ガラスケース前
  展示の服の襟首に『カヅシ』の文字。
  驚愕している尚哉。
尚哉「そんな……そんな……」

○ しずか(フラッシュバック)
しずか「覚えてないんじゃないわ。忘れてるだけ。三年前、あの時貴方は学生服を着てて……お友達と一緒で……」

○ 資料館・内 ガラスケース前
  展示されているボロボロの服。
しずかVO「魔法の効き目が切れて、馬車がただのカボチャになって……この服も、ボロ布に変わってしまうから……」
  うな垂れる尚哉。肩が小刻みに震えている。麦藁帽子を握り締める。
しずかVO「お伽話よ。ぜんぶ。……ただの、お伽話……」
  ケースの上面に涙の滴がポタポタと落ちる。泣いている尚哉。

○ 微笑むしずか(フラッシュバック)
しずか「思い出すわ。きっと」

○ 資料館・内 ガラスケース前
  尚哉の頬を涙がつたってゆく。
しずかVO「貴方を待っていたのよ……ずっと、ずっと、待っていたの……」
尚哉「……しずか!……」

○ 原爆ドーム沿いの川岸(夜)
  ライトアップされた原爆ドームが水面に映り込んでいる。その川面を無数の灯がゆらゆらと流れてゆく。灯篭流しが始まっている。
  各々の灯篭には、様々な名や哀悼の言葉が書かれている。
  ドームの向かい岸で、尚哉が灯篭を手に佇んでいる。
  灯篭をじっと見つめる尚哉。その灯篭には、名前の代わりに一葉の写真がピンで留められている。
  二人で一緒に撮った3分写真の中からちぎった一枚である。
  川面にそれを浮かべる尚哉。手を離れ、ゆっくりと灯篭が漂ってゆく。
  灯篭流しを見ていた、傍にいた老人が尚哉に声をかける。
老人「その灯篭は……お婆さまか、どなたかのですか?」
尚哉「(微笑み乍ら)いえ……。恋人の……です」
  次第に他のと混じり、小さくなっていく灯篭。それをずっと目で追う尚哉。
  尚哉(N)「彼女――しずかがどうして、自分なんかを選んだのか――僕には分からない。……けど……」
  瞳を閉じる尚哉。
  
○ ライトアップされた原爆ドーム(夜)
尚哉VO「これからは広島に来るたび、僕は君を思い出すだろう……」

○ 数え切れぬ程の灯篭が浮かぶ川(夜)
  どこまでも、果てしなく続く灯篭の群。
  尚哉VO「もしかしたら……しずかは、誰かに覚えていてもらいたかったのかもしれない。自分のことを……」

○ 川岸・遊歩道に佇む尚哉(夜)
尚哉「……忘れないよ……君を……」

○ 相生橋(翌日)
  蝉時雨の中、尚哉が橋の上にやって来る。手にはしずかの被っていた麦藁帽子。
  橋の中程で欄干に凭れかかり、暫し風景を目に焼き付ける様に眺め回した後、その麦藁帽子を被り、歩き出す。

○ 市電『原爆ドーム前』停留所
  電車がやって来る。乗り込む尚哉。
  一瞬、名残を惜しむかの様に振り返り、車内へ。走り出す電車。
  吊り革に掴まる尚哉。窓から外を見る。
○ 市電の窓から見える原爆ドーム
  次第に遠ざかり、小さくなってゆく。

○ 市電・内
  吊り革に掴まり、窓外を眺める尚哉。
  流れる景色が次第に市街地へと変わる。
  尚哉(N)「……三年前、ここを『きれいな街だ』と思った、その訳が……しずか……君と出会って、今ようやくわかったような気がするよ……」
  ゆっくりと瞳を閉じる尚哉。
尚哉(N)「広島は……」
  カメラを取り出し窓外を撮る尚哉。
  [流れる風景。原爆ドーム、病院……]

○ 去ってゆく市電
尚哉VO「……ヒロシマは、過去を『消された』街なんだ……」

○ 原爆ドーム
  市電の遠ざかる音が聞こえる。画面上昇し、空と雲だけになる。風の音に混じって、子供たちの声が微かに聞こえる。
尚哉VO「……きっとまた来るよ、この街に……広島に。……しずか……君に会うために……」

○ 雲の浮かぶ青空
  パンDNすると、アーチ状の慰霊碑のモニュメント。その向こうに、『平和の灯』の陽炎にゆらめく原爆ドーム。
  慰霊碑に刻まれている文字UPになる。
  『安らかに眠ってください 過ちは 繰返しませぬから』。  
  モニュメントの前の広場で、子供たちが楽しそうに遊んでいる。

○ [広島で撮影した多くのしずかの映像]
              ――終――


   〜イメージ曲〜
    ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」              

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